「人が集まる場所」を作る。 「PADDLERS COFFEE」代表・松島大介さん×プロスケーター・村岡洋樹講師 特別トークセッション

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「好き」を仕事にしている人は、どのように考えて動いてきたのでしょうか?

202673日、バンタンデザイン研究所にて特別トークセッションが行われました。

登壇したのは、コーヒーショップ「PADDLERS COFFEE」代表の松島大介さんと、スケートボードショップ「BEAT」を営みながら、画家としても活躍する村岡洋樹講師。

スケートボードカルチャーを牽引する2人が、自身の半生を通して「好きを仕事にする」ヒントを語りました。

 

1. 15歳、スケートボードに導かれてアメリカへ】

中学時代は野球部の副キャプテンを務めていた松島さん。

アメリカのスケートムービーに感銘を受け、スケートボードと部活に打ち込む日々。

あるとき骨折をして、野球の大会に出られなくなったことを機に、スケートボードに時間を費やします。

松島さん「アメリカのスケートカルチャーにすごく憧れていたので、アメリカに行けるとなったときは直感的に『行きたい!』と。本当にただそれだけでした」
15歳で単身、アメリカ・オレゴン州ポートランドへ。「英語の成績は決して良かったわけではない」としながらも、現地校の授業を理解しようともがきます。

次第に友だちに恵まれ、ホームパーティーに顔を出し、少しずつ英語も分かるように。学生ビザで、21歳までの7年間をアメリカで過ごします。

現地のハイスクールで受けたカルチャーショックを、松島さんはいまでも鮮明に覚えています。

松島さん「アメリカって、教室に先生が来るのではなくて、生徒が先生の部屋を訪ねていくんです。帽子をかぶっていてもいいし、ガムを食べながら授業を受けている子も普通にいる。飲み物も飲んでいいしね。日本ではあり得ないけれど、そういう自由さが好きでしたね」

村岡講師「海外はめちゃくちゃ自由で、スケーターの感覚には合っていると思います!

日本だと、自分がよくても『人の目を気にしろよ』という空気が漂いますから。それでいうと、バンタンデザイン研究所は自由度が高く、すごくアメリカっぽいですよね」

松島さん「そうだね。帰国して、日本の良さにも気づくことができました。いろんなことが整っているし、人が優しくて、ご飯がおいしい。日本ってすごい、と心から思えたんです」

 

2. 旅が教えてくれた、「人が集まる場所」の力】

帰国後の松島さんは「何のためにアメリカに行っていたんだ?」と自問する時間があったといいます。

やりたいことは定まっていない。それでも、昼はテレフォンアポインター、夜はコンビニのアルバイトを掛け持ちし、115時間働いて約150万円を貯め、カメラ1台を持って、約1年かけてアメリカ大陸を旅します。

松島さん「旅は、自分と向き合う時間でした。何が得意で、何がやりたくて、周りにどういう人がいるのか。それを改めて考えるきっかけになりました」

転機は旅の終盤、ブラジル滞在中に届いた東日本大震災のニュースでした。

「このまま旅を続けている気になれなかった」と帰国を決意。東北でスケーターの先輩を頼り、約半年間、炊き出しや物資配布のボランティアに住み込みで参加します。

夜になれば、一軒家に集った人たちと語り合う。そこで実感したのが、「人が集まる場所」の持つ力。

松島さん「海外では、スケーターが自然とコーヒー屋に集まるんです。そういう場所が、東京にもあったらいいなと。人が集まれる場所を作りたい。それがコーヒー屋を選んだいちばんの理由です」

27歳のとき、仲間と2人で「PADDLERS COFFEE」を開業し、今年で13年目を迎えます。スタッフは25人にまで増えました。それでも松島さんは「始めるより、続けることのほうがずっと大変です」と話します。「何かを始めたいと思ったとき、電話一本で助けてくれる人が周りにいるか。大工さん、電気屋さん、塗装屋さん——僕の場合はスケボー仲間でした。いろんなジャンルに『手伝うよ』と言ってくれる仲間がいることが、人生にとって本当に大事なんです」

 

3. 「想像することは誰にでもできる。差がつくのは行動力」】

好きを仕事にするヒントとして、村岡洋樹講師が強調したのは「行動力」。
村岡講師「うまくいっている人は、行動力があると思います。みんな、考えることはできる。でも、先のことを考えすぎて『無理かも』と思ってしまう。それでは意味がない。できることをやっていき、その積み重ねが先になっていく。スケートボードのスキルも同じです」

【4. メンバーたちの「好き」と、これから】

「自分が一方的に話すんじゃなくて、せっかくだからみんなと話したいです」と松島さんの提案で、セッション後半は、メンバーとの対話の時間へ。
「発言した人は、お菓子を食べてもいいよ」と、笑う村岡講師。

フランス語で「雲」を意味するブランド「NUAGE」を手掛けるのが、デザイナーの柴内望瑠さん。(https://nuageskate.official.ec/

ブランド名の由来について……

望瑠さん「太陽の光加減で雲の見え方が変わる様子を、スケーターにもそれぞれの個性やスタイルがあることに重ねました。アパレルブランドはずっと続けていきたいです」

慧樹さん「駒沢にあるPURRBSというスケートショップで働いていて、卒業したらDiaspora skateboardsで働きたいです!」

自身のアパレルブランドを手掛ける鈴木春翔さんは、着ていたTシャツも自らのデザイン。

卒業後はスケートボード関連企業への就職を志しています。

ほかのメンバーも、怪我の経験から整体・鍼灸の道を志す人などさまざま。

松島さんは「高校生のうちにブランドをつくり、ひとつひとつ形にした経験は、将来何をやるにしても必ず強みになるよ」とエールを送りました。

 

5. 「旅に出て。チャンスがあればやってみて」】

松島さん「先輩に誘われたら、基本はやっておいたほうがいいと思う。

その時は意味がないと思っても、あとから考えると意外と繋がっている。チャンスがあれば何でもやってみて。続けるからこそ分かることがきっとあります」

やりたいことがまだ見つからないというメンバーには、「旅にだけは出たほうがいいよ」と話す松島さん。

まるでアメリカのハイスクールのように、自由で個人を尊重した時間。

先輩たちの言葉には説得力があり、メンバー自身の「好き」への解像度を上げる時間になりました。

 

PROFILE

松島大介(まつしま・だいすけ)/「PADDLERS COFFEE」代表

1985年、東京・中野生まれ。中学卒業とともに単身渡米し、高校・大学時代をアメリカ・オレゴン州ポートランドで過ごす。21歳で帰国後、国内外を旅しながら働き、東日本大震災を機に被災地での支援活動へ。2013年に「PADDLERS COFFEE」を立ち上げ、2015年より渋谷区西原に旗艦店を構える。2021年には中野にカフェ「LOU」をオープン。リノベーション事業「LOU STUDIO」やウッドプロダクトブランド「TOO WOOD」の設立など、「人が集まる場所」を軸に活動の幅を広げ続けている。

 

村岡洋樹(むらおか・ひろき)/プロスケーター・画家

鳥取県出身、東京在住。9歳でスケートボードに出会い、18歳で上京して活躍の場を広げる。プロスケーターとしてadidasTRAFFICと契約を結び、国内外から注目を集める日本屈指のスキルフルなスケーター。ペインターとしても独自の才能を発揮し、個展の開催など制作の幅を広げる。20209月、浅草にスケートボードショップ「BEAT」をオープン。バンタンデザイン研究所にて講師を務める。

 

SHOP INFO

PADDLERS COFFEE 西原本店

東京都渋谷区西原2-26-5

Instagram@paddlers_coffee

 

BEAT

東京都台東区西浅草3-27-10 ユニハイツ西浅草101

Instagram@beat_asakusa

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